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月の車が1973年に作った記録は、なぜ41年間だれにも抜かれなかった?

動画 2026年10月31日公開(6分34秒) ・ 確かめた日 2026年10月15日 ・ 読む 6分

1973年、ソ連の月の車ルノホート2号が、月の上を約39キロ走りました。地球の外で、いちばん長く走った記録です。

この記録は、そのあと41年間、だれにも抜かれませんでした。月の上では、今も1位のままです。

そのあいだに、電話はスマホになったのに。なぜ41年間も、だれも抜けなかったのでしょう?

最初に浮かぶ答え

「月は近いから、地球から見ながら運転できたから?」

見ながら運転できたのは本当です。ルノホート2号は、地球のチームが車から届く映像を見ながら運転していました。月までは、電波で片道1.3秒ほど。でも、その近さは、そのあとの月の車も同じです。では、なぜ抜けなかったのでしょう?

答え

ルノホート2号が1973年に止まってから2013年までの40年間、月を走る車が1台もなく、記録に挑む車がなかったからです。

2013年から戻ってきた月の車も、故障で止まった玉兎は114.8メートル、玉兎2号は2024年9月の発表で1.6キロあまりと、約39キロには遠く届きませんでした。

記録を抜いたのは月ではなく火星の車で、およそ90日動く予定だった双子の1台オポチュニティが走り続け、2014年に抜きました。

動画で見る(6分34秒)

チャプター(11)
  1. 0:0041年間、抜かれなかった記録
  2. 0:46月は近いから?
  3. 1:221970〜73年の月の車
  4. 1:53クイズ
  5. 2:07空っぽの40年
  6. 2:29戻ってきた月の車
  7. 3:22抜いたのは? 火星の双子
  8. 4:13火星は遠い
  9. 4:382026年の新記録
  10. 5:1016台の表
  11. 5:36まとめ
動画の台本(全文)

0:0041年間、抜かれなかった記録

ナル1973年、月を走った車が、39キロ。

ナル地球の外で、いちばん長く走った記録です。

ナルこの記録は、そのあと……

ナル41年間、だれにも抜かれませんでした。

ナル月の上では、今も、1位のままです。

ナルそのあいだに、電話は、スマホになったのに。

所長50年前の車に、なぜ勝てん! 全部調べてこい!

ナル月と火星の地面を走った車を、1台残らず調べてこい、だそうです。

ナル答えは、年表の、空っぽの40年にありました。

ナル最後に、16台を、全部並べた表も。

ナルまる助の、なるほどラボ!

ナルさっそく報告です。月は近いから、地球から、見ながら運転できたんだと思います!

0:46月は近いから?

所長ボツ!

ナル…近いのは、そのあとの月の車も同じだ。なぜ抜けない? だそうです。

ナルたしかに、ルノホート2号は、地球のチームが、車から届く映像を見ながら、運転していました。

ナル月までは、電波で片道1.3秒ほど。でも、その近さは、今も同じです。

ナルでは、なぜ、抜けなかったのか。月を走った車を、順に並べます。

ナル1970年に月に着いた、ソ連のルノホート1号。翌年までに、合わせて10.5キロ走りました。

1:221970〜73年の月の車

ナル1971年からは、アメリカのアポロ15号、16号、17号で、宇宙飛行士が、月面車を走らせました。

ナルそして1973年、ルノホート2号が、39キロ。1970年から73年までに、5台が月を走ったんです。

ナルここで、クイズです!

1:53クイズ

ナルルノホート2号のあと、次に月を走った車が来たのは、何年後でしょう?

ナル正解は、Cの、40年後です。

ナルルノホート2号が止まってから、2013年まで、月を走った車は、1台もありません。

2:07空っぽの40年

ナルアメリカの人が月に降りたのは、1972年が最後。ソ連のルノホート3号は、完成していたのに、打ち上げられませんでした。

ナル記録を抜こうにも、月を走る車が、なかったんです。

ナル2013年、40年ぶりに月を走ったのは、中国の玉兎。でも、故障で、114メートルで止まりました。

2:29戻ってきた月の車

ナル次の玉兎2号は、月の裏側で、何年も調べ続けて、2024年9月の発表では、1.6キロあまり。

ナルインドのプラギヤンは、約100メートル。日本の、手のひらに乗るSORA-Qは、小さなロボットの技術を試し、着陸機の写真を撮りました。

ナルプラギヤンの計画は、もともと、月の昼の14日ほど。玉兎2号も、予定は3か月でした。

ナルしかも、月の夜は、2週間続きます。玉兎2号は、夜のたびに眠り、真昼の暑さでも、休みます。

ナル戻ってきた月の車も、39キロには、遠く届かなかったんです。

ナルでは、41年ぶりに、記録を抜いたのは?

3:22抜いたのは? 火星の双子

ナル月ではなく、火星の車でした。

ナル2004年1月、NASAは、そっくりな2台の車を、火星の反対側に降ろしました。双子の、スピリットとオポチュニティです。

ナル目的は、昔の火星に、水があった手がかりを探すこと。動く予定は、どちらも、およそ90日でした。

ナルスピリットは、7.7キロ走ったところで、やわらかい砂にはまって動けなくなり、2010年に、連絡が途絶えました。

ナルオポチュニティは、1キロほどの予定が、走り続けて、2014年、ついに月の記録を抜きました。

ナルそのあとも動き続けて、全部で15年近く。走ったのは、45キロあまりです。

ナル火星の車は、止まって、岩や地面を調べながら進みます。そのうえ火星は遠く、電波で片道、数分から20分あまり。

4:13火星は遠い

ナル見ながらの運転はできず、地球のチームが行き先を決めて送り、車は、ふつう次の日に走ります。

ナルオポチュニティは、自分で道を選ぶときも、少し進むたびに止まって、写真を調べていました。

ナルそして、2026年10月11日。記録が、また変わりました。

4:382026年の新記録

ナル火星の車、パーシビアランスが、45.22キロ。オポチュニティが15年近くかけた道のりを、5年半で。

ナル速くなった、大きなわけの1つは、走りながら、考えること。

ナル専用の頭で、タイヤを回しながら、地面の危ない所を見つけます。NASAの発表では、道のりの9割以上で、この仕組みを使って地面を見ました。

ナル車輪で、月と火星の地面を走った車は、これで全部。月が10台、火星が6台。全部で16台です。

5:1016台の表

ナル人が乗って走ったのは、アポロの3台だけ。金星を走った車は、まだ1台もありません。

ナル1位はパーシビアランス、2位はオポチュニティ。3位の、月のルノホート2号は、月の車では、今も1位です。

ナル月の車の記録が、41年間抜かれなかったわけ。1つ目、40年間、月を走る車がなかった。2つ目、戻ってきた月の車も、39キロには届かなかった。3つ目、抜いたのは、90日の予定だった火星の車が、走り続けたから。なるほど!

5:36まとめ

ナル記録が長く止まっているときは、できなくなったのではなく、挑む人が、いなかったのかもしれません。

所長…なるほどな。50年前の車も、大したもんだ。

ナル所長が、合格のハンコを押してくれました!

ナルあなたなら、次は、どの星で車を走らせてみたいですか?コメントで教えてください。

ナルまる助の、なるほどラボでした!

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図で分かる

月を走った車の年表。1970〜73年の5台のあと、2013年まで40年間は0台
月を走った車を、年表に並べた図です。左の「5台」は、1970〜73年に月を走った5台(点が重なっています)。次の点は、ずっと右の2013年の中国の玉兎です。そのあいだの40年は、真ん中の枠のとおり「0台」。アメリカの人が月に降りたのは1972年が最後で(左下の札)、ソ連のルノホート3号は、完成していたのに打ち上げられませんでした。
2013年からの月の車が走った距離を、ルノホート2号の約39キロと同じ目盛りで比べた図
2013年から月を走った車を、いちばん上の薄いルノホート2号(約39キロ)と同じ目盛りの棒で比べた図です。玉兎は故障で114.8メートル、玉兎2号は2024年9月の発表で1.6キロあまり、インドのプラギヤンは約100メートル。棒はどれも線のように短くなります。SORA-Qと嫦娥6号の小型の車は、距離が公表されていません。
火星の車オポチュニティ。15年近く動いて、45キロあまり走った
火星の双子の1台、オポチュニティです。2004年1月、NASAはそっくりな2台、スピリットとオポチュニティを火星の反対側に降ろしました。動く予定はどちらもおよそ90日で、オポチュニティが走るのは1キロほどの予定でした。ところが走り続けて2014年に月の記録を抜き、そのあとも動いて、全部で15年近く、45キロあまり走りました(右の札)。
月と火星を走った16台のうち、1〜8位を走った道のりの順に並べた表
車輪で月と火星の地面を走った16台のうち、上位8台を、走った道のりの順に並べた表です。オレンジの点が火星の車、灰色の点が月の車。1位は2026年10月11日に45.22キロになったパーシビアランス、2位はオポチュニティ(45.16キロ)。3位のルノホート2号は、下の札のとおり、月の車では今も1位です。

もっと詳しく

ルノホート2号は、どんな車?

ソ連の月の車で、1973年1月15日に月に着きました。地球のチームが、車から届く映像を見ながら運転し、月の上を約39キロ走りました。それまでの地球の外の記録だった、1972年のアポロ17号の月面車(35.9キロ)を超えています。

走った距離には、37キロや42キロという推定もあります。ここでは、NASAの約39キロを使っています。

月と火星では、運転のしかたがどう違う?

月までは、電波で片道1.3秒ほど。ルノホート2号は、地球のチームが映像を見ながら運転できました。

火星までは、電波で片道に数分から20分あまりかかります。見ながらの運転はできず、地球のチームが行き先を決めて送り、車はふつう次の日に走ります。オポチュニティは、自分で道を選ぶときも、少し進むたびに止まって、写真を調べていました。

しかも火星の車は、止まって岩や地面を調べながら進みます。かかった年数は、運転の速さだけでは決まりません。

1973年から2013年まで、月では何があった?

1970年から73年までに月を走った車は、5台です。1970年に着いたソ連のルノホート1号(翌年までに合わせて10.5キロ)、宇宙飛行士が運転したアポロ15・16・17号の月面車(1971〜72年)、そして1973年のルノホート2号です。

アメリカの人が月に降りたのは、1972年が最後です。ソ連のルノホート3号は、完成していたのに打ち上げられませんでした。月に降りた機械も、1976年に試料を持ち帰ったルナ24号(車は積んでいない)の次は、2013年12月の中国の嫦娥3号と玉兎までありません。

記録を抜こうにも、月を走る車がなかったのです。

戻ってきた月の車は、なぜ39キロに届かなかった?

車ごとに事情が違います。中国の玉兎(2013年12月)は、故障で114.8メートルで止まりました。

玉兎2号(2019年1月、月の裏側)は、予定の3か月を大きくこえて何年も観測を重ね、2024年9月の発表で1.6キロあまり。月の夜は2週間続き、玉兎2号は夜のたびに眠り、真昼の暑さでも休みます。

インドのプラギヤン(2023年8月)は、計画が月の昼1回の14日ほどで、約100メートル。日本の手のひらに乗るSORA-Q(2024年1月)は、小さなロボットの技術を試し、着陸機の写真を撮りました。SORA-Qと、嫦娥6号(2024年6月)の小型の車は、走った距離が公表されていません。

火星の双子は、どんな車?

2004年1月、NASAはそっくりな2台、スピリットとオポチュニティを、火星の反対側に降ろしました。目的は、昔の火星に水があった手がかりを探すこと。動く予定は、どちらもおよそ90日でした。

スピリットは、7.7キロ走ったところで、やわらかい砂にはまって動けなくなり、2010年に連絡が途絶えました。

オポチュニティは、1キロほど走る予定が走り続け、2014年7月27日に40.25キロで月の記録を抜きました。そのあとも動き続けて、全部で15年近く、45.16キロ走りました。

記録は、今どうなっている?

2026年10月11日、火星の車パーシビアランスが45.22キロになり、オポチュニティを抜きました。オポチュニティが15年近くかけた道のりを、5年半で走っています。

速くなった大きなわけの1つは、走りながら考えること。専用の頭で、タイヤを回しながら地面の危ない所を見つけます。NASAの発表では、道のりの9割以上で、この仕組みを使って地面を見ました。

車輪で月と火星の地面を走った車は、月が10台、火星が6台の16台です(跳ぶ・飛ぶもの、手で引く荷車、地面に降りられなかった車は数えていません)。金星を走った車は、まだ1台もありません。

持ち帰る一言

記録が長く止まって見えるときは、挑む人がいるかを見る。できなくなったのではなく、挑む人がいなかったのかもしれません。

確かめ方

動画の台本を、人と複数のAIが上の資料の本文と照らして確かめ、誤解を招く表現を直しました(2026年10月15日)。数字は、その時点のものです。このページは、その台本と資料をもとにAIが書き、人が確かめてから出しています。間違いに気づいたら、marusukelab@gmail.com へ知らせてください。

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